PEOPLE

ピースな人々

種をつなぎ、人と食文化をつなぐ

ピースな人々

在来野菜生産農家(雲仙市吾妻町)
岩﨑政利さん

「雲仙こぶ高菜」の復活に貢献

ながさきピース文化祭では「食文化」も大きなテーマのひとつです。ながさきの伝統野菜を求めて、長崎市中心部から東へ車を走らせること約1時間。島原半島の北部 雲仙市吾妻(あづま)町へ向かいました。

雲仙市は火山の恩恵であるなだらかな斜面と肥沃な土壌、山の養分が育む豊かな海に恵まれ、古くから農業水産文化が栄えた地域です。今回は、在来野菜生産農家 岩﨑政利さん(74)の畑にお邪魔しました。

吾妻町生まれ、農家4代目の岩﨑さんは、町内にある10の畑で「在来種」の野菜を作っておよそ40年。農薬や化学肥料を使わない有機栽培で作物を育て、現在約50種類の在来種をつないでいます。

消滅しかけていた雲仙の伝統野菜「雲仙こぶ高菜」を発見し、地域の仲間たちと復活に尽力した中心人物でもあります。
2008年、雲仙こぶ高菜は食の世界遺産である「味の箱船」の最高位「プレシディオ」に日本で初めて認定され、これをきっかけに、岩﨑さんの種採り農業にも注目が集まるようになりました。

種を採るという世界

現在の農業と種

現在の一般的な農業には「種を採る」作業がありません。私たちがお店で買う野菜のほとんどは「F1(エフワン)種」と呼ばれる改良品種。種を残すことではなく、作物の収穫をゴールとして改良された、1代限りの種です。農家は毎年、このF1種の種や苗を買い求めて栽培を行います。

F1種は色や形がそろい育てやすく、栽培面積あたりの収穫量が多いのが特長。戦後の高度経済成長とともに普及し、豊かな食卓と農業の発展に貢献してきました。

同じ野菜の畑でも、これだけ葉の色や形が異なるのが在来種。

在来種の野菜とは

一方、岩﨑さんが作り続けるのは「在来種」の野菜です。花を咲かせて種を採り、翌年またその種をまいて作物を育てます。
在来種の野菜は大きさや色形、味わいもさまざまで個性的です。同じ地域で繰り返し栽培されることで、作物がその土地の風土に適応し、特別なおいしさの野菜となります。

「伝統野菜」も「在来種」の一部。長崎県内の伝統野菜には、雲仙こぶ高菜、長崎白菜(唐人菜)、黒田五寸人参などがある。

消えた在来種

じつはF1品種が主流になるまで、種採りは全国各地の農家で当たり前に行われてきました。しかし、長年受け継がれてきた在来種の野菜は色や形がそろわず、収穫量が少なくて収穫時期もバラつきます。農家にとって手間のわりに収益に結びつかないことも手伝い、次第にF1品種に取って代わられ次々と姿を消していきました。

種をあやす

「種採りがよしとされなかった時代、周囲に知られるのが恥ずかしくて、最初はこっそり人目につかない場所で種をあやしていました」

それでも岩﨑さんは在来種の生きる姿に魅了され、その可能性を信じて、毎年大切に種をつなぎ続けます。
「種の入ったサヤを両手で抱えて、揺すったり風に当てたりして種を採るのは、手間が掛かるけど尊い作業。自分の子をあやすのと似てるなと思って」。岩﨑さんは種採りのことを「種をあやす」と表現しています。

黒田五寸系統の在来野菜

1つ1つの野菜にストーリー

ー これがすべて、在来野菜なんですね。どれも生き生きしています。

「私はこのニンジンから種採りを始めました。もとは大村の黒田五寸系統ですが、種を採りはじめて40年。全体的に形は細長く、葉の色は薄くなりました。すごくいい味になってますよ」

大根の形や大きさ、色合いもさまざま。

「これは鹿児島で絶滅しそうだった大根をもらって、ずっと守っているんですよ。料理の味がよく染みる煮物専用の珍しい大根ですね。40年間で、当初の姿からずいぶん変わりました。ここの風土にあった姿に変わっていくのが面白いですね」

「これは私が『山根のとっちゃ菜』と呼ぶフダンソウで、兵庫県の在来種です。在来種の活動をしていた山根成人さんから種をもらっていたけどお蔵入りさせてたんですよ。
でも『病気で農業できなくなった』と電話をもらって、せっかく頂いたのを粗末にしてきたなと思ってね。電話の後すぐに種をまきました。

昨年亡くなられたけど、彼が守った在来種はこうして畑で命をつないでいる。野菜を通して、彼の活動を皆さんに知ってもらいたいと思っています。料理人さんたちからもおいしいと好評なんですよ」

ー すべての野菜に歴史や物語、思い入れがあるんですね。

「それぞれにいろんなストーリーがあって、一般の農業にはない魅力ですね」。在来種野菜との思い出を語る岩﨑さんは、まるでかわいい子や孫の話をするような、柔和な表情が印象的でした。

在来種栽培のきっかけ

逆境の中の原動力

ー 在来種の栽培を続ける原動力となったのは、何だったのでしょうか?

「農薬や化学肥料に頼らない、安全な野菜作りを目指そうと思ったとき、昔ながらの在来種に行き着きました。そして在来種の生きる姿を知ってしまったんですよね。みんな自分の命を次世代に残そうと、自分なりの姿で精一杯生きて、たくさんの種をつけます。

繰り返し種を採っていくと、風土になじんだ時、すごくおいしさを発揮するんです。そんな在来種が人間の都合で絶滅してしまっていいのか。人類と共に何千年、何百年と生きてきた植物の種をつなげたい。そういった自分の使命のような、挑戦のような気持ちでした」

「それからイタリアのスローフードの第一人者 カルロ・ペトリーニ氏の『食材は安心だけじゃ足りない、おいしさを求めることが不可欠』というような言葉にも背中を押されました。どんなに安全でも、おいしくなければ意味がないと。雲仙こぶ高菜のプロジェクトで国際大会に参加させてもらったときに聞いて以来、さらに在来種のおいしさについて考えるようになりました」

否定せず、補い合って

種を採るとき

ー 種を採る個体を選んで、翌年の種にされると思いますが、個体を選ぶ基準のようなものがありますか?

「そこが種採りの難しいところであり、素晴らしいところでもありますね。味がいい、色や太さがいいなど良い性質の個体(母本 / ぼほん)だけを選んだ時期もあったのですが、数年すると種をつけなくなったり、病気をしやすくなったりしました」

種を採る予定の個体が育つ畑

「在来種が表現する多様性は、変化に対応するために大切な力。こちらのエゴではなく、作物自身が『なろう』とする姿をサポートする視点で、母本を選ぶようにしています。
近年では異常気象の影響も大きいので、多様性の幅をより大きく持たせておくこと、種を保管するだけでなく、なるべく畑で毎年育てて、環境の変化を経験させることも重要になってきています」

偏りのないピースな視点

「私は在来種を育てる人間ですが、F1種を否定する気はありません。食糧難になればF1種が強く求められます。ただ、お互い苦手な部分を補い合うことが大事だと思うんです。
人間の生きる道も、偏りのない視点で多様な選択肢を認めることが、自由な未来のためには欠かせないのではないでしょうか」

「在来種は欠点も多い。最初の数年はいい顔をするんですが、3〜4年経つと悪いところも見えてくるんです。そんな本性を見せてくれてからが、本当の付き合いの始まりですね。
欠点はサポートし、いいところは伸ばせるように。そうやって30年、40年と種をつないで作物を知り尽くしていくと、言葉がなくても作物が何を求めているのか、わかるようになるから不思議です」

ペットに似ている?

「作物と人との関係は、犬や猫と飼い主の関係に似ています。ペットは飼い主がいることで、飼い主はペットがいることで安心して生きていける。同じように、作物は作り手がいることで命がつなげるし、作り手は作物のおかげで食べていける。長い時間を経て、作り手は作物との関係を作り、作物の特徴を生かせる生産者になっていくんです」

在来種がひらく新たなステージ

在来種が縁で、移住者が増加

一時期は人目を避けて種をあやしてきた岩崎さんですが、その地道で尊い取り組みと、他にはない在来種野菜のおいしさは、人々の心を動かし始めました。今では岩﨑さんの想いに共感する多くの人々とともに、にぎやかに種をあやしています。

「種を蒔いて栽培することより、花を咲かせて種を採り、管理していく方が難しい」と岩崎さん。

岩﨑さんが作る在来種野菜の素晴らしさを広めようと、オーガニック野菜の直売所を立ち上げた人、同じ在来種や有機栽培農家を志す人、食材として在来種野菜に可能性を感じる料理人たちも次々と雲仙市へ移住しています。

岩﨑さんと在来種野菜との出会いをきっかけに、古くから愛される雲仙の地で生まれた食体験や人々の輪が、土地と人とのつながりを広げ、地域の観光を盛り上げ、新たな文化を作り出しています。

命を宿す種。万が一の失敗で種を絶やしてしまわないよう、いつも多めの採種、保管を心掛ける。

実を結ぶ

2022年、長年の功績が認められて、岩﨑さんは「黄綬褒章」を受章しました。
オーガニック直売所が「西九州まちづくり観光アワード」(JR九州)を、雲仙市は「美食都市アワード」(美食都市研究会)を受賞するなど、岩﨑さんが守りつないできた種は大きく実を結び、人や地域にもその恵みが広がっています。

「在来種をどう活かすのか。いろんな立場の人たちが、あらゆる視点で自分なりに考え、地域や未来をデザインしていく。古典も前例もない、終わりのない世界ですが、みんなで果敢にも楽しく挑戦する姿は美しく、本当に素晴らしいことだと感じます。在来種はそれだけ人をひきつける力を持っていたんですね」

もらった種をつないで雲仙の風土になじんだ、その名も「岩﨑ネギ」。

ブームを超えて「食文化」になる

雲仙と食

ー 在来種野菜のおいしさが徐々に全国に知られています。これからどのような展開に期待されますか?

「次世代を担う農家のために、在来種の農業でも生計が立てられることを願ってきましたが、まだまだ道半ばです。しかし、いろんな立場の人が移住してきて、在来種の魅力を多方面から語ってくれることで、『雲仙は多様な食文化のまち』という新たな可能性を広げています」

「郷土料理に用いる食材が作られなくなれば、いずれその味も食文化も消えてしまいます。例えば、復活して一時はブームとなった『雲仙こぶ高菜』も、社会の変化や作り手の減少で少し下火になってしまいました。

一時のブームだけでなく在来種が暮らしに溶け込み、多様な味わい方として食文化になること、ずっと食べ続けてもらえることを目指していきたいですね。それがこれからも在来種をつないでいくためには欠かせないと思います」

在来種という灯火をつないでほしい

ー 最後に、岩﨑さんがこれから挑戦したいことについて、お聞かせください。

「在来種野菜をつなぐだけでなく、その多様性や変化する特徴を最大限に活かしたものを、作ってみたいですね。それから後継者にしっかりと受け継ぎたいです」

「必ずしも家族が継がなくていい。全国各地、場所もどこでも構いませんが、ぜひ豊かな在来種という灯火をつないでほしいと願います。
在来種の種は植物の歴史であると同時に、作り手との関係や思いを刻んでいます。私も国内外のさまざまな種を受け継ぎ、育ててきました。私と共に生きている種を、今後も物語と共に一緒につないでもらえるのならば、こんなに幸せなことはありません」

現地で楽しもう!雲仙の食材とながさきピース文化祭

F1種と呼ばれる改良品種も、岩﨑さんが守りつないできた在来種も、どちらもそれぞれ魅力が詰まったおいしい野菜です。じゃがいも、ブロッコリー、いちご、大根、その他いろいろ。雲仙市では多種多様な野菜が栽培されています。

今回のピース文化祭において、雲仙市では全国大会を含む7つのプログラムが開催予定です。ぜひこの機会に、在来種野菜のおいしさを含む雲仙の素晴らしい野菜、そして食文化を現地で味わってみてください。

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