PEOPLE
ピースな人々
文化継承のかたちー第13回 長崎刺繍塾作品展より
長崎くんちの衣装や傘鉾を通して親しまれてきた伝統工芸「長崎刺繍」。
まつりを華やかに彩る長崎刺繍を、趣味として楽しむ人々がいます。
長崎刺繍の第一人者、嘉勢照太さんが主宰する刺繍教室「長崎刺繍塾」では、多くの生徒さんが作品づくりを楽しんでいます。毎年12月に、作品を披露する作品展が開かれています。
昨年12月に開催された「第13回長崎刺繍塾作品展」で、塾生の竹元俊子さん、そして嘉勢さんにお話を伺いました。


同じ図案でも作り手によって違う作品になる
―竹元さん、長崎刺繍塾に入られたきっかけについて教えてください。
竹元さん:
小さい頃からおくんちが好きで、傘鉾の垂れに先生の刺繍があるのを見ていつか自分もやってみたいと思っていたのがきっかけです。長崎刺繍塾に入り、27年が経ちました。始めた年が卯年だったので、最初に刺したのはうさぎでした。今は、いろんな作品に挑戦しています。

ー竹元さんはパッチワークの先生だそうですね。
竹元さん:
はい。もともと、針を持つことに親しみがあるところから刺繍もはじめました。
刺繍もパッチワークも、生活の楽しみになっています。
―こちらの鯨の題材の作品について教えてください。

竹元さん:
これは令和5年の長崎くんちで披露された万屋町の「鯨の潮吹き」です。先生から図案をいただき、自分なりに色や布を選んで仕上げました。
―鯨の作品が複数ありますが、同じ図案でも、刺繍をする人により違いが出るものですね。
竹元さん:
そうなんです。糸や布の選び方で個性が出ているのだと思います。同じ図案でも、それぞれの作品で印象が全く違うんですよ。


―制作にはどれくらい時間がかかりましたか?
竹元さん:
4〜5か月です。夕食やお風呂を済ませたあと、夜8時から12時くらいまで刺すのが日課でした。予定がない日は一日中、針を持つこともあります。
―好きな題材はありますか?
竹元さん:
花を刺すのが好きです。でも、鯨ように動きのある題材も楽しいですね。
刺繍のイメージを超える作品たち
―制作ではどのような点を工夫されていますか?
竹元さん:
図案はもちろんですが、表現したいものにふさわしい技法を選ぶことが大切かと思います。例えば、魚のお腹の部分と、鱗では、表現したいものが違います。お腹の方では「平刺繍」という方法で、糸をそのままの状態で刺し、つるんとした質感を表します。凹凸を表したい時は、糸を撚って刺します。


ーこの伊勢海老の作品は、ボリューム感、立体感がある作品ですね。動き出しそうです。

竹元さん:
伊勢海老の作品では、手持ちの布から、伊勢海老に似た色を選び出して作りました。
尻尾や脚の部分は、別でパーツを作り、最後に立体的に組み合わせて完成させます。触覚の部分は、中にピアノ線を入れて動きを出しています。技法としては長崎刺繍の技法を教えていただいて作っています。



竹元さん:
厚みがある作品は、額に入れるのが難しいんです。先生にご相談したら、木を染めて持ってきてくださって専用の額を作ってくださったんです。他の作品も、先生の手やアイデアが入って「作品」になっていく感じがします。

ー伊勢海老の作品では、いろんな色の糸が使われていますが、多色多様な布にも目が行きますね。
竹元さん:
いろんな着物の端切れや、綿を使っています。私は、古い着物や帯、思い出のある布地を使うことが多いです。
ベースになっている渋い緑色の布は、姉が着ていた道行コート(着物の上に着るコート)だったものなんですよ。もう着なくなったコートを解いてお洋服にした際の、残りの布地を活かしました。あとは、子どものかのこしぼりなどを使いました。

時には、いただきものを作品に生かすこともあります。
友人から、ご主人が使っていた袴の裾が擦れたからと譲っていただき使わせていただいたこともあります。
もう使い道がない想い出が詰まった布。それに刺繍を通して新しい命を吹き込むことで、想い出がつながっていくのがいちばんの喜びです。

ー想い出やストーリーのあるものを取り入れることで、より、思い入れの深い作品になりそうですね。
刺繍は、とても自由なもの。

ーこの作品はものすごいインパクトですね。
竹元さん:
「水牛」を刺した作品です。
ー長崎刺繍なのに、まるで外国のアートのような佇まいですね。角と刺繍の組み合わせが面白いですね。
竹元さん:
水牛の角は、50年くらい前に、旅先のマニラで購入したものなんです。若い頃は木彫りもしていましたので、現地の方が小刀でゴリゴリときっていらっしゃったのに興味を持ち、ぜひ持ち帰りたいと購入しました。
当時は船旅だったこともあって、持ち帰ることができたのだと思います。
この角をどうしても作品に使いたいと思って先生にご相談したら「では水牛を描きましょう」と、この図案を書いてくださったんです。



竹元さん:
布は、ほとんどパッチワーク用にとっていたUSAコットンです。5ミリ幅くらいに刻んで、色合いを見ながら刺していきました。水牛の角を吊るしている紐は、ずっと前から持っていたインド更紗です。路子さんが水を噴きながら撚ってくださったんですよ。



ー和ではなく洋の布も使われるんですね。長崎刺繍って自由なんですね。
竹元さん:
私も、長崎刺繍と言えば、最初はおくんちの傘鉾垂れのイメージだったんです。
ですが、こうして先生が自由に好きなものを作らせてくださるので、こんな表現もあるのだと知りました。
長崎刺繍に出逢って27年経ちますが、まだまだ世界が広がっていくので、楽しくて続けています。






長崎刺繍の継承のために

嘉勢さんにもお話を伺いました。
―生徒さんへの指導で意識されていることは?
嘉勢さん:
図案を渡すこともありますが、基本的には、生徒さんがイメージしているものを形にするのをサポートするようにしています。図案や課題を与えることはあっても、仕上げ方は自由。だからこそ、個性豊かな作品が生まれるんです。
千差万別の作品が生まれてきます。全く予測できない楽しさがあります。
―こどもたちの展示もあるのですね。
嘉勢さん:
夏休みに「こども刺繍教室」を開いています。最初は簡単な図案から始め、2回目以降は自分で描いた絵を刺繍にします。毎年続けて通ってくれるこどもたちもいて、本当に嬉しいですね。



子ども向け教室で必ずしているのは、「なぜ長崎で刺繍が根付いたのか」「長崎刺繍の文化的背景」を、きちんと伝えることです。

ー将来、長崎刺繍を継承するかもしれないこどもたちがいるかもしれませんね。
嘉勢さん:
刺繍で食べていくのは大変だと思いますし、楽ではありません。気軽に声をかけることはできないのが正直なところです。それでも決意する人がいれば、できることはしたいです。

長崎刺繍は糸で描くアート

―先生の作品として、長崎くんちの傘鉾や衣装などを浮かべる方は多いと思いますが、とても現代的な作品も作られていますね。
嘉勢さん:
日本刺繍がベースですが、私にとって刺繍はまさにアートに近いものです。絵描きになりたかった想いを引きずっていますので、糸が絵の具に変わったような感覚で、絵を描くように刺しています。この帯の刺繍は、一見すると鯨と波に目が行きますが、図案としてはかなりポップです。縄文土器の文様を取り入れているんです。

ー本当だ。土器の形と模様が浮かび上がってきました。鯨と土器、斬新ですね。
嘉勢さん:
刺繍は「刺す前のデザイン」が命です。建築に設計図があるように、図案に最も時間をかけています。数年単位で作品も作ります。今まさに、8年がかりで完成しようとする作品があります。「マダムバタフライ」をテーマにした刺繍もその一つです。
ーこちらは七五三の着物なんですね。すごくきれいです。贅沢な一着ですね。


嘉勢さん:
個人のお客様からのご依頼です。

嘉勢さん:
こちらは「寿老人」という中国の仙人を描いたものです。縁起の良いプレゼントをされたいということでご依頼を受けて制作しました。寿老人について調べ、姿や服装、持ち物などを検討していきました。鹿を連れているということがわかったので、稲佐山へ出かけて鹿をスケッチしたりもしました。
最もこだわったのは、雲の部分です。長崎刺繍でやるからには、どこかポイントをつけないと面白くありません。
ー本当ですね、ふわふわの厚みのある雲です。細かいですね。
嘉勢さん:
こだわりたいという思いが出てくる。面白いことやってやろうと考える。
表現する、というのはそういうことではないかと思います。

―最後に、長崎刺繍への思いを聞かせてください。
嘉勢さん:
伝統を受け継ぎながらも、自由に広がるのが刺繍の魅力です。長崎刺繍を通して、もっと多くの人にその面白さを知ってほしいと思っています。

お知らせ
ながさきピース文化祭2025では、長崎刺繍発見塾の皆さんによる長崎刺繍体験教室が開催されます。
長崎刺繍の世界を体験しませんか。