PEOPLE

ピースな人々

隣の人が何が好きかを知るのも「文化」を知ることになる。

ピースな人々

対馬博物館 学芸員
小栗栖まり子さん

兵庫県姫路育ち。長崎大学で美術を学び、その後、韓国に留学。その後韓国で博士号を取得しキュレター活動を始める。大学時代から日韓に関わっていたことから対馬博物館の立ち上げに興味を持ち、学芸員募集に応募。博物館の建設から関わる。

国境の島・対馬の博物館としての役目。

ー対馬博物館のコンセプトについて教えてください。

小栗栖さん:
対馬博物館は「対馬を伝え、交わりを生み、つないでいく」を掲げています。
まずは文化財を護ることが大切な業務になります。
「対馬の文化を護る」ことは、文化財を護ることです。
島内の文化財はもちろん大切に保管し守っていきますが、対馬の重要な文化財は、対馬の外にあることもありますので、私たち学芸員がコツコツ調査して収集しています。
文化財を集めて整理し、収蔵庫の環境を整えて大切に保管する。それが文化を伝えることになります。

ーどのような基準を持って文化財を集めていくのでしょうか。

小栗栖さん:
対馬にとって何が大事か見極めて、収集していきます。すでに文化財になっているものの他、新しく収集してきたものに対しては価値付けをしていきます。

梵鐘 室町時代 応仁3年(1469)【国指定重要文化財】


朝鮮鐘の様式を取り入れた意匠は、中世における朝鮮半島文物の影響を知ることができます。

ー博物館には、知ってもらうこと以外にどの様な役目がありますか。
博物館は社会教育の場としての機能もあります。学校では学べない知識や経験を得て、いろんなものを見ることができる場です。ワークショップやイベントを通して人とものがつながったり、人と人がつながる。地域のネットワークを作る働きも持っています。
対馬博物館では、基本的に対馬がテーマの展覧会を開催しますが、対馬以外の博物館などの文化財を展示して、対馬にいながらいろんな文化に触れられる機会をつくろうと試みています。

ー離島の博物館だからこその役目はあるでしょうか。

小栗栖さん:
過疎化と高齢化が進んでいる中で、対馬の魅力を島内で共有し伝承していくことが難しくなっています。対馬の人たちだけで、対馬の文化を守ることは大変な状況です。博物館を通して、子どもに郷土文化を伝えていきたいと思います。また、対馬の博物館としてシェルター的な役割も果たさなくてはいけません。
長い年月がかかると思いますが、地道に博物館活動を続けることで、島の人も対馬の文化に対する興味が芽生え、価値観が変わってくると考えています。
この島で生まれた人が将来さまざまな場でやりがいを持って活躍していくためには、子どもの頃に素地を作ることが大事。子ども時代に郷土を通して、文化や環境のことに触れることで、生きる力につながっていく。そういったことに繋がる取り組みやワークショップなどを実施したいと考えています。

ー年間を通して開催される展覧会は、どの様な役割を果たしているでしょうか。

小栗栖さん:
展覧会は、地域の人たちに展示品を見てもらって、何かを感じたり、発見してもらうための主要な場となります。
それ以外にも、関連して講座や体験型の教育普及を実施します。
まずは知ってもらうことが、文化を未来に残し、護っていくことになります。
そのために、展覧会(展示)は、知ってもらうための絶好の場だと考えています。

例えば、現在開催中の美術展では、対馬ゆかりの作家たちの展示をしているのですが、そもそも島の中で活躍している作家がいること自体、知られていなかったりします。
展覧会の準備を通し、作家のバックグラウンドをテキスト化し、ヒストリーにする。その人が何を証言しようとしたのかをまとめる。そのことに大きな意味があります。
展覧会準備にあたり、作家さんに直接会いに行ったりもします。スピードを持ってコンタクトを取らないと、残せない作品や資料、ヒストリーがありますし、ご本人や作家を知る人にコンタクトを取れないままお亡くなりになると誰かが掘り起こさないと「なかったこと」になってしまうのです。本来積み重なっていくべきはずの対馬の魅力の層が薄っぺらくなってしまう。
展覧会には、そうした文化的な損失を防ぐ役割もあると考えています。
辺境の対馬で「創造」に従事した人は苦労したはず。そのことに感情移入してしまうからこそ、丁重に調査して残していきたいと思っています。

ー文化や芸術を伝えることで、未来に残すのですね。

小栗栖さん:
対馬の子供たちが、作家やクリエイターという存在を知らないと、子どものなりたいものの選択肢から作家・クリエイターが消えてしまいます。作家でなくて民俗学者でも同じくです。文化や芸術に携わる仕事があることも、展覧会や教育普及で子どもたちに伝えたいと思います。子どもといった若い世代だけでなく、他の世代の方々にも、豊かな対馬で生まれ暮らしてよかったと思っていただけると嬉しいです。


対馬の文化の特徴とは。

ー対馬ならではの文化について教えてください。

小栗栖さん:
大陸や本土といった外からの文化と交わって生まれた文化だと思います。
例えば朝鮮通信使、仏教など、大陸に近い立地だからこそ対馬に伝来し、そうした文化と人とモノが交差して生まれ育まれた文化が対馬ならではだと感じます。人や文化の往来が残した文化から、対馬自体が「交差点」であったことを感じます。

朝鮮通信使の時代から繋いできた日韓交流。今も行われる「朝鮮通信使再現行列」の様子。


ちなみに対馬には韓国の言葉も日常的に使われていたりします。「土を耕す・掘る」を「パル(韓国語で掘る)」と言いますし、「チング(友達)」なども馴染みの言葉です。韓国の生活の中で使われる言葉までが、対馬には根付いているのが印象的です。対馬が大陸に近く、交わる場であったことを感じる日常です。

ー対馬で学芸員として活動する中で、最も印象的なエピソードは何ですか。

小栗栖さん:
対馬博物館に勤務する前は、美術館の学芸員として務めていたので、美術という領域の中でのみ活動してきました。ですが当館は総合博物館ということもあり、博物館建設時から自然や歴史、考古といった様々な分野に触れ、それぞれの分野に没頭して目を輝かせるたくさんの地域の方達との出会いがありました。この地で活動する学芸員として、自分の専門分野を通して他分野とも連携し、より創造性あふれる場を作っていきたいと思わされました。

石の文化、石の自然が息づく対馬。独自の生態系も育まれており、自然領域の展示にも力を入れている。


博物館の中にはミュージアムショップもあり、朝鮮通信使絵巻や、石文化をデザインに落とし込んだオリジナルグッズを購入できます。


ーながさきピース文化祭2025のキャッチフレーズは「文化をみんなに」です。文化を身近に感じ、文化を親しむためには何をしたらいいでしょうか。

小栗栖さん:
文化を知ることは、他者や他物理解だと思っています。隣の家の人が何が好きか、何をしている人か、ということを知るだけでも文化を知ることになります。すごく身近なところでいえば、今日、食卓に上がった食材がどこからきたのかを知ることも文化に触れるきっかけです。知ることは、生活を豊かにしてくれます。
私は幸せなことに美術や文化に日々触れることができていて、生活が豊かだと感じています。ですが、私自身ももっと対馬や世の中の様々な文化を知り、触れることで、私自身の暮らしをより豊かにし、対馬博物館に訪れる皆様と文化を発見する魅力を共有していきたいと思います。


ピース文化祭へ向けたメッセージ

大学時代長崎に暮らし、長崎の離島、対馬に暮らしている私にとって、「ピース」という言葉は、過去、現在、未来を結ぶとても大切で重みのあるものでありながら、やはり人をハッピーにするキーワードだと思います。人、モノ、コトの間を創造性を持って往来し結ぶことのできる文化芸術と、長崎の地で行われる交流が出会ったからこそ生まれるかけがえのないモノ、コトたちが、ながさきピース文化祭に溢れることを楽しみにしています。

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